中学生時代の絵アーカイブと簡単レビュー
二つ目の絵アーカイブです。載せたものよりも持っているものの分量が実際倍以上あるのですが、プライバシー、題材の重複、恥ずかしさなどの理由で大幅に削って数点だけを選んで載せます。コストの関係でスキャナの代わりにデジタルカメラと後処理を使い、光源統制の限界でノイズがあります。説明は流れを妨げないよう画像キャプションに脚注でリンクしました。
中学1年
無意味な3コマ漫画1
絵が日常の一部として定着する時期で、外見上はまだ小学生時代の絵の延長です。それでも修練会に行って絵を描いたり、登校後朝のホームルームが終わるまでの時間、休み時間や昼休みなどの隙間時間に何かを描き続けていた記憶があるのを見ると、大きな愛着が生まれていたようです。 ↩
この頃から試験範囲がノートに見え始める
下絵の上をボールペンでなぞって描いたやつ
こういうふうに練習として描いたことはあまりない
メモが恥ずかしくて載せるかどうか迷った2
こういうところが載せるかどうか迷わせました。当時と今の情勢や好みが違うため、たかがこんな絵を恥ずかしさを押して載せる価値があるのかという考えが当然浮かびましたが、むしろ今の価値基準で判断するのはやめようという考えで載せることにしました。そして実際自分だけでなく、その年代の誰にでもそういう一面があるものです。それはさておき、絵自体は久しぶりにうまく描けたと満足していました。 ↩
ロシア語を習い始めて間もない頃3
2015年10月にロシア語を学び始めました。外国人の友達がいるとか海外に出ることになったわけでもないですが、外国語を学ぶということ自体を小さい頃から面白いと思っていたため、ただ知りたいから、その中でもロシア語が習得困難だという噂を聞いてかっこいいと思って始めた記憶があります。その後、絵の横に意味不明のロシア語の落書きが時々見られるようになった理由です。 ↩
今はほとんど忘れた4
ロシア語を学んで最も良かった点は、関心が言語学と人文科学へと広がっていったこと、関心をより通時的に管理し始めたことです。例えば現代言語学は比較言語学の観点からロシア語をインド・ヨーロッパ語族、バルト・スラヴ語派、スラヴ語群、東スラヴ語群に分類しますが、そこから各分類群に属する同族語は何か、何が同じで何が違うのか、どうして言語が分岐するに至ったのかといった関心が生まれました。キリル兄弟、タタールのくびき、高麗人のニンジンキムチ、イスラエルのロシア系ユダヤ人、ソ連崩壊直後90年代ロシアの混沌、より具体的にはポーランド語の挨拶「Cześć」が名誉を意味するロシア語の単語「Честь」と同じルーツであること、ロシアがウクライナ、ベラルーシとキエフ・ルーシという中世国家を共有していることなどを知っている理由です。 ↩
東側圏の銃の絵も描き始める
この頃から周りにロシア語の表現がついに出てくる5
ミリタリーの絵を主に描いたのはBattlefieldなどのFPSジャンルの影響もありますが、この時期には戦闘少女連帯というアンソロジープロジェクト、そしてその中心だったKWS、シノなどのイラストレーターの方々の影響を受けました。絵を描くたびにこれらのイラストレーターの方々が自身が気を使って描いたと言っていたピカティニーレール、軍装、服のシワの描写などを意識して描き、満足感を覚えました。 ↩
中学2年
2010年代半ばの社会情勢がよく出ている気がする6
この時期に絵を本当にたくさん描きました。特に2016年の夏休みには薄い絵の練習帳の各ページを余白なくぎっしり埋めて描き、三冊ほど積み上げていた記憶があります。今思っても執着の強い時期で、その分成果物をたくさん残しましたが、高校生のときにノートをなくして一緒に載せられないのが残念です。 ↩
たぶん技術・家庭科の試験範囲だったと思う
スネルの法則プレビュー
当時Undertaleの人気がすごかった7
ミリタリーの絵がより専門的で具体的な文脈を持つようになるのも、陳腐なミリタリーを離れてUndertaleなど他の絵の題材が登場するのもこの時期の特徴です。特に後者の場合、自分以外のクラスの友達も好きでくれてよく描きました。一緒には載せていませんが、ゲンジやバスティオンなどのオーバーウォッチのヒーローを描いて遊んでいた記憶があります。 ↩
ガスター、アンダイン
おおサンズ
たぶん何かの絵の模写だったと思う
数少ない完成形の絵
中学3年
2017年は画風の成熟期8
中学3年生は記憶が最も鮮明な時期です。過去は美化されるものですが、学校らしい学校で生徒らしい生徒として安定して過ごした最後の年であるように思えて特に愛着があります。絵の中の情勢にもオレンジ色の安定した雰囲気が特に見えます。題材と絵の構成面でも新しい試みの跡があり、生活の余裕のせいか下ネタがあちこちに書かれています。 ↩
構図などを新しく試してみたようだ
オーバーウォッチが絵の題材として登場し始める
リアルな画風の片鱗
いろいろたくさん描いた
中3なので平方根を習う
クラスの女子がじっくり見ていった絵9
2学期の秋のある午後、男子三人、女子三人ほど集まって騒ぎながら絵を描いていたとき、そのうちの一人がこの絵をじっくり見つめながら「将来警察官とかやってみたら?」と静かにつぶやいた瞬間がありました。大した内容ではありませんが、この絵がその瞬間を思い出させます。 ↩
2010年代の空気の骨子は文脈より創造性だった気がする
同じクラスに絵描きが自分以外に二人もいて良かった
もう一つの完成形の絵
ミリタリーの絵も徐徐に成熟した感じが出てくる
ジャック・オー・ランタン
本当に下ネタが最大限に飛び交っていた時期
勉強のできた同じクラスの別の女子が描いたやつ
確かに1年のときより見られる
絵の題材が結構面白いほうだと思う
やることがないときに登場する絵
本当に描くものがないときに登場する絵
描くものが腹が立つほどないときに登場する絵10
アーカイブとして残す途中、高校生のときの練習帳も一緒に整理して気づいたことがあります。描くものがないときに描く絵というのは中3で初めて登場し、高校生のときを経て比較的最近の2022年頃まで一貫して続いています。例えばこのブログの最初のデジタルドローイング集の記事でも下書きから一緒にいる画像キャプションの中に「本当にやることがないときに描く絵」があり、おそらくその延長線上です。何か無意識を発見したようで驚きました。 ↩
イカバター焼き完成
コーヒーをこぼす漫画
ようやく見られる画風でそういうのを描く
日常をどんな気分で過ごしていたか覚えていない
ファンタジーなやつ
掃除のある7時間目
科目に中国語があって 啊吗
全身の絵が意外とよく出てくる
強い眼光でフル装備し自分のFacebookを管理する軍人11
昔も今も画風や線の扱いの能力はこの時期にほぼ完成したと見ています。今後2年以内に高校生のときの絵も同様にアーカイブ化して載せますが、中学3年間の変化ほどの大きな差はあまりありません。おそらく今とも大きな差はないでしょう。高校生で余裕がなかったせいもあるかもしれませんが、結果的に小さくて短い変曲点でした。 ↩
脚注
Footnotes
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絵が日常の一部として定着する時期で、外見上はまだ小学生時代の絵の延長です。それでも修練会に行って絵を描いたり、登校後朝のホームルームが終わるまでの時間、休み時間や昼休みなどの隙間時間に何かを描き続けていた記憶があるのを見ると、大きな愛着が生まれていたようです。 ↩
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こういうところが載せるかどうか迷わせました。当時と今の情勢や好みが違うため、たかがこんな絵を恥ずかしさを押して載せる価値があるのかという考えが当然浮かびましたが、むしろ今の価値基準で判断するのはやめようという考えで載せることにしました。そして実際自分だけでなく、その年代の誰にでもそういう一面があるものです。それはさておき、絵自体は久しぶりにうまく描けたと満足していました。 ↩
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2015年10月にロシア語を学び始めました。外国人の友達がいるとか海外に出ることになったわけでもないですが、外国語を学ぶということ自体を小さい頃から面白いと思っていたため、ただ知りたいから、その中でもロシア語が習得困難だという噂を聞いてかっこいいと思って始めた記憶があります。その後、絵の横に意味不明のロシア語の落書きが時々見られるようになった理由です。 ↩
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ロシア語を学んで最も良かった点は、関心が言語学と人文科学へと広がっていったこと、関心をより通時的に管理し始めたことです。例えば現代言語学は比較言語学の観点からロシア語をインド・ヨーロッパ語族、バルト・スラヴ語派、スラヴ語群、東スラヴ語群に分類しますが、そこから各分類群に属する同族語は何か、何が同じで何が違うのか、どうして言語が分岐するに至ったのかといった関心が生まれました。キリル兄弟、タタールのくびき、高麗人のニンジンキムチ、イスラエルのロシア系ユダヤ人、ソ連崩壊直後90年代ロシアの混沌、より具体的にはポーランド語の挨拶「Cześć」が名誉を意味するロシア語の単語「Честь」と同じルーツであること、ロシアがウクライナ、ベラルーシとキエフ・ルーシという中世国家を共有していることなどを知っている理由です。 ↩
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ミリタリーの絵を主に描いたのはBattlefieldなどのFPSジャンルの影響もありますが、この時期には戦闘少女連帯というアンソロジープロジェクト、そしてその中心だったKWS、シノなどのイラストレーターの方々の影響を受けました。絵を描くたびにこれらのイラストレーターの方々が自身が気を使って描いたと言っていたピカティニーレール、軍装、服のシワの描写などを意識して描き、満足感を覚えました。 ↩
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この時期に絵を本当にたくさん描きました。特に2016年の夏休みには薄い絵の練習帳の各ページを余白なくぎっしり埋めて描き、三冊ほど積み上げていた記憶があります。今思っても執着の強い時期で、その分成果物をたくさん残しましたが、高校生のときにノートをなくして一緒に載せられないのが残念です。 ↩
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ミリタリーの絵がより専門的で具体的な文脈を持つようになるのも、陳腐なミリタリーを離れてUndertaleなど他の絵の題材が登場するのもこの時期の特徴です。特に後者の場合、自分以外のクラスの友達も好きでくれてよく描きました。一緒には載せていませんが、ゲンジやバスティオンなどのオーバーウォッチのヒーローを描いて遊んでいた記憶があります。 ↩
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中学3年生は記憶が最も鮮明な時期です。過去は美化されるものですが、学校らしい学校で生徒らしい生徒として安定して過ごした最後の年であるように思えて特に愛着があります。絵の中の情勢にもオレンジ色の安定した雰囲気が特に見えます。題材と絵の構成面でも新しい試みの跡があり、生活の余裕のせいか下ネタがあちこちに書かれています。 ↩
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2学期の秋のある午後、男子三人、女子三人ほど集まって騒ぎながら絵を描いていたとき、そのうちの一人がこの絵をじっくり見つめながら「将来警察官とかやってみたら?」と静かにつぶやいた瞬間がありました。大した内容ではありませんが、この絵がその瞬間を思い出させます。 ↩
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アーカイブとして残す途中、高校生のときの練習帳も一緒に整理して気づいたことがあります。描くものがないときに描く絵というのは中3で初めて登場し、高校生のときを経て比較的最近の2022年頃まで一貫して続いています。例えばこのブログの最初のデジタルドローイング集の記事でも下書きから一緒にいる画像キャプションの中に「本当にやることがないときに描く絵」があり、おそらくその延長線上です。何か無意識を発見したようで驚きました。 ↩
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昔も今も画風や線の扱いの能力はこの時期にほぼ完成したと見ています。今後2年以内に高校生のときの絵も同様にアーカイブ化して載せますが、中学3年間の変化ほどの大きな差はあまりありません。おそらく今とも大きな差はないでしょう。高校生で余裕がなかったせいもあるかもしれませんが、結果的に小さくて短い変曲点でした。 ↩