思っていたより淡白だった映画、ルックバック
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正直なところ、私はこの映画が絵を題材にしたささやかな話だから、それも目立って良い作画で描かれているから良かった。創作をする人なら誰でも感じたことのある、才能ある同世代への憧れや嫉妬、傷ついたプライド、そして自分の努力で成し遂げた成長期の成功のエピソードが細かく盛り込まれており、そうした状況を見るだけで創作欲求と競争心理を強く刺激した。
印象的だったのは、映画が情報を表現する過程である。『ルックバック』は意味を一度確認した後は、もはや不必要な美辞麗句を付け加えない。映画のこの特徴が最もよく現れているのは、フジノとキョウモトの後ろ姿を繰り返す方法だろう。例えばフジノの絵に対する熱意は、フジノの姿をちらりと映し、残りは家の中の部屋と居間、学校、図書館などフジノが行き交う空間とその空間が季節によって徐々に変化する様子、そしてその間に絵の練習帳が一つ二つと積み重なる場面をモンタージュで綴った。一緒に作品を作ることにした後のフジノとキョウモト、キョウモトの死後に独り残されたフジノもまた同じ演出を引用して表現した。
そのシックな態度のおかげで映画は簡潔になり、理解しやすくなった。フジノとキョウモトが自分の漫画が雑誌に載ったことを確認した直後に爆発する嬉しい叫び声、家へ向かう電車の中でキョウモトの独白に続いて連鎖する日常的な会話は、その内容を明示的に聞かせる代わりに空間の外から人物を映すことで終わらせる。単調だったかといえばそうではなく、むしろ秀逸で賢く感じられる部分もある。例えば別の時間軸のフジノが学生時代の漫画作品を探し出すとき、三つ四つに分割された画面がタイムラグを置いて右から左へ、上から下へと順に一つ二つ再生される場面があるが、この演出は作品の核心的題材としてのコマ漫画を、目で漫画を読むのと同じ経験として伝える。『ルックバック』はこのように、重要な場面は工夫のこもった演出で伝え、具体的な叙述が必要ない場面は大胆に飛ばし、その過程で時折生じる空白は精巧な画面構成と華やかなOSTが代わりにする。
映画が作中人物をとりわけ誠心誠意扱っていると感じたのは私だけではないだろう。『ルックバック』は家と仕事場でフジノの足が震える様子を見せたり、作品を初めて投稿してもらったお金で街で楽しい時間を過ごす場面を見せたりする形で、「作品を作りたい」という前提と「少女」という概念の両方を忘れずに具体化する。映画のハイライト、フジノが雨の道を力強く走るシーンは、間違いなくそうした映画の独特な性格がよく現れる場面だ。「そろそろ描くのをやめてもいいんじゃないか」という言葉で動力を失い消滅しかけたフジノの漫画への熱意は、キョウモトの「あなたは漫画の天才です」という言葉で瞬時に回復し、目をぎゅっとつぶって下校路の水たまりをバシャバシャと踏みながら全力疾走する最大限に誇張された動作で見事に表現される。動的なリズム感とカメラワーク、独特のざらついた作画で構成されたこの素晴らしい場面は、後にフジノの卓越したストーリーテリングに憧れていたキョウモトが彼の手を取って合流したり、「背景美術の世界」に触れてフジノの手を離し始めたりするにつれ、二人の少女の関係が絶妙な線上を歩み始めるときに微妙な魅力を添える。
『ルックバック』は短編映画として、絵への愛着から生じる自惚れと嫉妬、成長、そして意味は消え去り形だけが残った人生の苦みをよく表現した映画だ。57分の短い尺にもかかわらず、捉えるものが多い心のこもった作品であり、映画を見るしばし日常を換気できて良かった。