[2025] 色補正と画面比
クッパを食べて出る道すがら | 69mm ISO40 F2.4 1/1250s
横断歩道の信号待ちをしながら | 69mm ISO320 F2.4 1/30s
青瓦台の見学の後に | 69mm ISO380 F2.4 1/380s
春らしいもの | 230mm ISO40 F4.9 1/310s
職場にて 1 | 69mm ISO40 F2.4 1/1100s
職場にて 2 | 69mm ISO40 F2.4 1/1200s
古いアパート | 46mm ISO100 F4 1/320s
秋雨 | 23mm ISO100 F2.4 1/60s
友人に会いに行く道すがら | 69mm ISO40 F2.4 1/1800s
秋らしいもの | 230mm ISO50 F4.9 1/60s
職場にて 3 | 23mm ISO12 F1.8 1/210s
冬らしいもの | 23mm ISO50 F4.9 1/30s
写真の原板はGitHubでご確認いただけます!
何となく面倒になってきている。写真を撮って現像するという作業が特別なものではなくなり、少しずつ平凡に感じられるようになってきた。良い点はこれが日常の一部になったということだが、悪い点は面白みがなくなったことだ。その影響か、ちゃんとしたカメラがあるにもかかわらず、もっぱら知り合いばかりを撮り続けてしまい、ブログなどに公開できるような写真はあまり残せず、スマホで撮った静物や風景ばかりがまとまった。残念である。
写真が単調で平凡なのは、今年は特別な経験がなかったからだ。一年を整理して振り返ることを写真を載せることで代用しているので、ここで少しだけ胸の内を話すと、今年は人生で初めて、一年を特に意味もなく過ごした年だった。一年がまるごと消えてしまったかのような気分だ。良く捉えれば大きな困難もなく無難だったとも言えるが、現実的で切実な悩みや偶然は少なかった。
細かく一つ一つを検討すれば決してそんなことはないのだが、限界効用に達したのか、全体的な印象は今年の写真と同じくらい単調だ。記憶に残る特別な出来事が多くないということがもったいなく感じられて、来年は人為的にでも行ったことのない場所に行き、やったことのないことをして、新しい経験を作り出してみたい。
おまけ
上の二枚の写真をこのように二次加工できる
Lightroomを離れて挑戦してみる価値があることと言えば、写真を一つのソースとして解釈し編集することだ。これは絵も同じで、最近は画像ソースにテキストを配置すること自体に興味を持っている。非言語的表现の上限を打ち破ると言うべきか、文脈を上書きする効果が抜群で好ましい。